
「フタバアオイ文様」は、記事の最後に解説しています。
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目次
賀茂の神話
不思議な神様の物語

はるか昔、神代の時代。
たいそう美しいお姫様「玉依比売命」が川で身を清めていました。
ふと川上の方を眺めますと、1本の丹塗りの矢が流れて来ます。
姫は矢を持ち帰り、床に祀ってお休みになりました。
その夜、矢に込められていた神のお力により、姫は御子を宿しました。
やがて御子は成長し、元服の祝宴が行われました。
玉依比売命の父上、つまり御子のお祖父様、賀茂建角身命が御子におっしゃいました。「そなたの父に盃を捧げよ」
御子は盃を上に放り上げ、「私の父君は天津神」
すると、雷が轟き、御子は天に昇って行かれました。
御子の御名は「賀茂別雷大神」とおっしゃいました。
玉依比売命は子のいない寂しさを嘆き、また会いたいと願い続けました。
ある夜、母姫の夢枕に御子が立たれ
「私に会いたければ、松明と鉾を掲げ、鈴をつけた馬を走らせ、葵の草をたくさん髪に飾り、待っていてください」
とお告げをしました。
母姫がお言葉通りに神迎の祭りを行いますと、御子が天より神のお姿となり降臨されたのでございます。
写真 出典:photo53.com

葵祭りは神話から

京都の三大祭りの一つ「葵祭」は、この神話が由来のお祭りです。
6世紀、欽明天皇の時代でした。
悪天候が続き穀物が実らなかったことをきっかけに、この祭礼が始まりました。
平安絵巻さながらに 王朝装束をまとった500名の参加者が、衣装や御簾や牛車などにフタバアオイを飾り、1kmもの行列となって練り歩きます。
京都御所を出発し、下鴨神社と上賀茂神社で儀礼が行われます。
写真 出典:photo53.com
上賀茂神社
京都で最も古い神社

上賀茂神社の 正式な名称は「賀茂別雷神社」といいます。
上賀茂神社は京都で最も古い神社。
その起源は2600年以上も前です。
御祭神は賀茂別雷大神。
前述の神話の神様です。
境内全域が世界文化遺産に登録、本殿は国宝に指定されています。
ならの小川

境内の中を川がYの字に流れています。
御物忌川と御手洗川が合流し、「ならの小川」となります。
流れる水は澄みきって、清冽な空気で神社を満たします。
古代より、ならの小川は禊※をする川として有名でした。
※水を浴びて、罪や穢れを落とし心身共に清らかになること
百人一首の有名な和歌にも詠まれています。
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは 禊ぞ夏の しるしなりける
藤原家隆
二つ並ぶ砂の山

境内で目を引くのは、細殿の前にある立砂。 賀茂別雷大神が降臨された山の形を模しているそうです。 頂上には松の葉が飾られています。
この立砂は陰陽を表しています。
向かって左側が陽、松の葉は3本。
右側が陰、松の葉は2本。

おみくじはカラス

上賀茂神社には面白いおみくじがあります。
八咫烏のおみくじ。
烏のお腹の中に、おみくじが入っているのです。
八咫烏とは、日本の神話に登場する3本の足を持つ「導き」の神様です。
日本の初代天皇…神武天皇が大和やまと国(奈良)に入られる時、賀茂建角身命(賀茂別雷大神の祖父)が八咫烏の姿となり、天皇を導き案内をしたと伝えられています。
下鴨神社
ご祭神は、上賀茂神社の祖父君と母君

下鴨神社の正式名称は「賀茂御祖神社」。
紀元前よりある古い神社で、建物は国宝に指定されています。
御祭神は賀茂建角身命と玉依媛命。
「賀茂建角身命」は賀茂氏の始祖で、上賀茂神社の御祭神(加茂別雷大神)の祖父君、「玉依媛命」は母君です。
面白い十二単の特別拝観

下鴨神社ではとても珍しい十二単特別拝観があります。 神主さまの解説を聞きながら、十二単の着付けと王朝舞を見ることができます。
着物を重ねて十二単
日本の伝統衣装だけど、着る機会も見る機会もほとんどない十二単。
十二単とは、平安時代、宮中で行われる儀式の女性の正装でした。
名前から想像して12枚の衣を重ねて着るように思いますが、実際にはもう少し少ない数の衣を着ていました。
それでもかなりの重さ。
現代の絹糸で作った十二単は20kgもあるそうです。
当時の糸はもう少し細く軽いものでした。

十二単の着付けの順序です。
まず、下着として小袖と長袴を身につけておきます。
小袖は白、長袴は赤、と色が決まっています。
STEP
単(ひとえ)
袖や裾が1番長い衣です。
この単の色が基調となり、色を重ねていきます。
STEP
袿(うちき)
袖口から色を楽しめるように少しずつ 上にずらしながら5枚着ます。
5枚の袿をまとめて五衣と呼びます。
STEP
打衣(うちぎぬ)
光沢のある衣。砧で打って艶を出しています。
STEP
表着(うわぎ)
美しい柄や刺繍が施された衣です。
STEP
唐衣(からぎぬ)
1番上となる、丈と袖の短い衣。
襟を外に折り返して着ます。
STEP
裳(も)
後ろ側の腰から下に長く垂らして つけます。
何枚もの衣を着るので苦しくないように、上に1枚着て紐を結ぶと下の紐をほどきます。
これを繰り返し、最後は裳の紐1本のみで着付けられています。

袖口や裾から見える とりどりの色のことを「重の色目」と言います。
色の組み合わせにより、植物の名(さくら・山吹・あやめなど)や自然の名(初雪・雪の下・枯野など)などが付けられています。
季節ごとに配色を変える、とても風流な文化でした。
平安時代の高貴な女性は顔を隠し、その代わりに裾を御簾から押し出して見せていたそうです。
この襲色で その女性のセンスや人なりを想像していました。
現代では、令和のご即位の式典で、皇后さまはじめ皇室の女性の方々が十二単衣をお召しになりました。
神紋 フタバアオイ
上賀茂神社、下鴨神社、共に御神紋はフタバアオイ紋です。
フタバアオイ紋とは
フタバアオイ紋

神話に出てきたフタバアオイ(双葉葵)。
本来「葵」の読み仮名は「あふひ」でした。
「ひ」とは神様のこと。
フタバアオイは「神様に会う」植物と考えられていたのです。
フタバアオイ紋には、神仏加護の意味があります。

上賀茂神社と下鴨神社の神紋は、同じフタバアオイでも葉の模様や傾き、花の様子など少し違って、それぞれに特徴があります。
下鴨神社の葵の御紋

下鴨神社の楼門や唐門には、三つ葉葵の紋が飾られています。
三つ葉葵は徳川の紋章。
江戸時代に徳川幕府から領地を譲り受けたり、建物を造営してもらったことから、感謝の意を込め三つ葉葵を飾ったそうです。
葵の御紋が逆さ !

徳川の葵紋と下鴨神社の葵紋。
上下逆さになっています。
下鴨神社の神主様のお話によると、フタバアオイの紋に似せるため、わざと逆さにしたのだそうです。
徳川家康公眠る静岡の久能山東照宮でも、逆さ葵紋を見ることができます。
その理由は奥深い物でした。
詳しくは、久能山 東照宮の神紋〜三つ葉葵紋を ご覧ください。



