
「三つ巴紋と渦雲紋」は、記事の途中で解説しています。
こちらから、先に読むこともできます。
目次
美保神社

島根半島の先端…出雲の美保関は美しい。
紺碧の海・赤い浮島橋・石の常夜燈。
海の関門として、栄えてきた岬です。
並び立つ御本殿

神話ロマンあふれるこの地に、美保神社があります。
創建はとても古く、奈良時代に書かれた『出雲国風土記』に社の名前があることから、それ以前から祀られていたと考えられています。
ご祭神は二柱、三穂津姫命と事代主神です。
社殿は、特徴ある造りです。
本殿が並んで二つ、それぞれのご祭神をお祀りし、その間をもう一つの部屋「装束の間」で繫いでいます。
その名をとって「美保造」と呼ばれています。
現在の本殿は江戸時代後期に再建され、国の重要文化財に指定されています。

結婚式は活気に満ちて

本殿の手前には、広い拝殿があります。
建築史家の伊東忠太により、昭和3年に建てられました。
壁も天井もない、柱と梁が目を引く、少し変わった拝殿です。
伊東忠太は東京の築地本願寺の設計もしています。
エキゾチックな目を引く建物です。
詳しくは、こちらをお読みください。
美保神社では、この拝殿で結婚式が行われます。
拝殿の壁がないため、参拝者でもお式の様子を まるで舞台のように観ることができます。
祝詞、雅楽、そして、美保神社の名高い巫女舞、音楽と共に厳かに行われます。
そのあとは、白いワンピースを着た参列の女性たちが、伝承歌のような祝い唄を、踊りを交えながら歌っていました。
高らかに朗らかに、活気に満ちた印象的な結婚式でした。

ご祭神
三穂津姫命とは

三穂津姫命は稲作を広められた女神様。
農業、安産、子孫繁栄の神様でもあります。
「三穂」という御名が、「美保」の地名の由来になったと伝えられています。
三穂津姫命は「大国主命」※の后神です。
そして、もう一柱のご祭神の「事代主神」の義理の母神になります。
※「大国主命」については、こちらをお読みください。
事代主神とは

事代主神は、七福神の「えびす様」として信仰されてきました。
美保神社は、えびす様の総本宮となります。
事代主神の父神は、「国造り」を行った大国主命です。
天照大御神から「国譲り」を希望された時、大国主命は事代主神に判断を任せます。
事代主神は恐れ多いことだと、国を譲るよう進言しました。
「国譲り」の、その後の話は、こちらをお読みください。
えびす様がいつも足を曲げてる理由

えびす様は商売、漁業、豊魚の神様。
だから、大きな鯛を抱え釣竿を持っています。
そして、いつも左の足を折り曲げて座っています。
これには、或る云い伝えがあるのです。
えびす様は毎晩、海を渡り、美しい恋人を訪ねていました。
朝、鶏の鳴き声が聞こえると、また船に乗り戻ります。
ある日、どういう訳か鶏が早く鳴き、えびす様は、まだ暗い海を漕ぎ出しました。
慌てていたので櫂を落とし、仕方なく足で漕いだら、鮫に足を噛まれてしまいました。
その傷が原因で、いつも片足を曲げて座っているそうです。
海での勇壮な神事

写真 青柴垣神事
美保神社の御祭神は「音楽の神様、鳴り物がお好き」という信仰があり、神社には古来の楽器が多く奉納されています。
美保神社では多くの神事がありますが、その中でも有名なものは「諸手船神事」と「青柴垣神事」です。
共に神話に因んだ神事です。
「諸手船神事」は、「大国主命が国譲りの相談をするため、美保崎にいる事代主神に諸手船で使者を送った」という神話。
「青柴垣神事」は、「国譲りが決まった後、事代主神が海の中に青い柴垣を作り隠れてしまわれた」という神話。
二つの神事とも、海へ繰り出し奏楽と共に行われる勇壮なお祭りです。
美保神社の神紋

美保神社には社紋である「二重亀甲に三の字」と、それぞれのご祭神の神紋「渦雲紋」と「三つ巴紋」があります。
写真のお賽銭箱の飾りが、社紋です。
渦雲紋
三穂津姫命の神紋は「渦雲紋」です。
渦雲紋

古代、中国では、雲は雨の恵みをもたらすことから神様が宿っていると考えられ、雲の文様は吉を呼ぶ吉祥文様とされてきました。
三穂津姫命の神紋は、稲を人間界に贈ってくださった紋様らしく、雲の文様です。
瑞雲・霊芝雲・飛雲・朽木雲・一文字雲・雲取り など雲文様には多くの種類がありますが、渦雲紋は珍しい文様です。
渦雲紋仙人と深い関わりがあり、邪気を退けると考えられていました。
三つ巴紋
事代主神の神紋は「三つ巴紋」です。
三つ巴紋

巴の形の由来は謎めいて、その由来には諸説あります。
・弓を射る時に使う道具「鞆」を絵で表している —— ともえ
・水が渦を巻く様子
・雷、稲光を表す「回」の漢字の変形
・他にも雲、勾玉、胎児の姿、人魂、蛇、貝などなど。
その象徴は水であったり、正反対の火であったり、あるいは霊であったり。
やはり神秘的な形です。
神社の瓦には巴紋を多く見かけますが、これは水が渦を巻く形から、火事にならないようにと願いが込められています。
他には、魔除けの意味があります。

巴紋には、巴の回転の方向によって左右の2種類があります。
意味や由来の違いはないようです。
鎌倉時代の説話集『古今著聞集』に次の歌が載っています。
思ひいでて ねをのみぞなく 行く水に 書きつ巴の字の 春の夜の夢
故人を思い出しては、声をあげて泣いてばかりいる。
巴の字を書いて流れる水のように、春の夜の夢のように、故人の儚い人生を憂えている。
「巴」という字は、曲がりながら流れる水を意味しています。
流れる水の「巴」。
空を行く雲の「渦雲」。
二つの神紋が並ぶと、「行雲流水」という言葉が浮かびます。
雲も水も一つ所にとどまらないことから、あるがままの自然な流れに身を任せて生きましょうという意味です。
「国譲り」を助言された事代主神も「行雲流水」だったのでしょうか。
10円玉の入っているお守り

拝殿の前に「福種銭」と書かれた包みが置いてあります。
中にはピカピカの10円玉。
稲作を広められた「種の神」の三穂津姫命と、えびす様である「福の神」の事代主神。
神様方のご神徳を戴いた一粒万倍「福の種」の硬貨だと書かれています。
この10円を自分のお金と共に使い、学業・仕事に励めば、廻り廻って万倍にもなり自分の元へ還ってくるのだとか。
邪推すれば、10円の万倍は10万円‼︎
