
「二重亀甲剣花菱紋」は、記事の途中で解説しています。
こちらから、先に読むこともできます。
神々の国、出雲
中心は出雲大社

出雲 —— それは、神々の国・神話の国・古代浪漫の国。
旧暦10月の「神無月」のことを、全国の神々が集まる出雲だけは「神在月」と呼びます。
出雲の中心に鎮座しているのは、壮大な出雲大社。
鳥居は四つも…石、木、鉄、銅、それぞれ違う素材で作られて趣が異なります。
それらをくぐりながら、両側に立つ松の歓迎を受けて参道の端を歩めば、重厚な拝殿が出迎えてくれます。
出雲の参拝の仕方は特別です。
一般的には二礼二拍手一礼ですが、出雲では二礼四拍手一礼、倍の柏手で神々をお讃えするのです。
太い太い注連縄
出雲大社といえば、神楽殿の太い太い「注連縄」。
長さ13m、重さ5.2tにもなる、日本一大きな注連縄です。
数年に一度、新しく生まれ変わります。
その大きさゆえ、材料を集めるのも、作るのも、架け替えるのも、想像を絶する大仕事。
多くの人たちの労力と技術の賜物です。

ご祭神は、神話「因幡の白兎」の主人公

ご祭神は「大国主大神」。
「だいこくさま」とも呼ばれています。
遥か昔の神代の時代、「大国主大神」は「国造り」—— 土地を開拓し、稲作を広め、医薬を普及させ、日本の国を豊かにしてくださいました。
多くの神々と協力し、また惜しみなく知識や技術を与えてあげた民との結びつきから、縁結びの神様として崇められています。
そして、有名な神話「因幡の白兎」の主人公なのです。
写真 出雲大社境内 大国主命像
因幡の白兎
むかし、むかし、大勢の兄弟神がいました。
神たちは憧れの姫神に求婚しようと、旅に出ました。
末っ子の神の名は大国主命といいます。
大国主は兄たちの荷物を持たされて、遅れて岬を通りかかると、泣いているウサギに出会いました。
ウサギは、ワニ(和邇)を騙しワニの背を足場にして島から陸へ海を渡ろうと企みましたが、ワニにバレて皮を剥がされてしまったのです。
兄の神たちに「海の水を浴び風に当たりなさい」と言われて その通りにしたら、肌が赤くただれ さらに痛みがひどくなったと泣いています。
大国主は「真水で体を洗い、蒲の穂を敷いた上で寝ていれば治る」と教えてあげました。
ウサギの肌は元通り、お礼に予言をしました。
「兄神たちが結婚したがっている姫神は、あなたと結婚するでしょう」
その後、大国主は、ウサギの言葉通り姫神と結婚しました。

『因幡の白兎』の神話に因んで、出雲大社の境内のあちらこちらで、50羽もの愛らしいうさぎの像を見ることができます。
「国造りの神話」については、こちらにも詳しく書いてあります。
苦労して造った国を手放す条件

さて、大国主大神のおかげで豊かになった日本。
その国を、天照大神は自分の子孫が統治すべきと考えました。
大国主大神の息子神は、天照大神に遣わされた最強の武神を相手に、出雲の海で戦いを挑みますが、敗れてしまいます。
大国主命は国を譲ることを決心なさいました。(国譲りの神話※)
その代わりに、出雲に立派で高いお社(出雲大社)を造ってもらうことを条件とされたのです。
写真 出雲大社 「ムスビの御神像」
※ 「国譲りの神話」は、こちらで詳しく説明しております。
高い高い御本殿

平安時代に、こんな言葉がありました。
「雲太、和二、京三」
建物の高さの順位です。
1番高いのが出雲大社、2番は大和の国の東大寺大仏殿、3番は京都の紫宸殿(御所)。
当時の出雲大社の本殿の高さは48mもあったと伝えられています。
なんと、ビル15階の高さです。
大国主命大神の願いは叶えられたのでした。
写真 島根県立古代出雲歴史博物館 平安時代の出雲大社本殿 1/10の復元模型
二重亀甲剣花菱紋
亀甲文様とは

出雲大社の神紋は、二重亀甲剣花菱紋。
優美な紋様ですが、主なのは六角形の亀甲文様。
名前の通り、亀の甲羅を模したものです。
亀の甲羅を焼き、そのひび割れの形で吉凶を占う「亀卜」があります。
皇室の行事では今もこの占いが行われる場合があります。
大嘗祭では、神様にお供えするお米の産地が亀卜で決められました。
亀は長生きをすることから、亀甲文様には長寿の意味があります。
島根の神社では亀甲紋がよく使われています。

亀甲文様の六角形では中心部が空いてしまいます。
そこには、神社によって様々な文様が組み合わされています。
十月「神無月」のことを出雲では「神在月」または「神有月」と言うことから、昔の出雲大社では、その「有」の漢字を亀甲の中に入れた紋が使われていました。
剣花菱文様とは

出雲大社の神紋は時代と共に変化し、「有」の代わりに「剣花菱」文様が使われるようになりました。
「花菱」とは、菱形に形どられた花模様のことです。
出雲に伝わる神話に「ヤマタの大蛇」があります。
昔々、出雲では、ヤマタの大蛇が若い女性を喰い殺し続けて、村人は怯えていました。
そこで、素戔嗚命(大国主大神の父神)がヤマタの大蛇を退治したところ、大蛇の尾から剣「天叢雲剣」が見つかりました。
この「天叢雲剣」は三種の神器の一つです。
出雲大社の神紋に使われている「剣花菱」文様は三種の神器を表していると言われています。
文様の中心にある円は鏡、4つの花びらは勾玉、花弁と花弁の間に伸びる筋は剣を表現しているのです。
二重亀甲剣花菱の文様は、こちらからぬり絵を無料でお楽しみいただけます。
砂を交換すれば、お守りとなる

「国譲りの神話」の舞台となった海は「稲佐の浜」。
白い砂浜が広がり、弁天島が印象的な美しい海辺です。
出雲大社に参拝する前に、まずこの砂浜で砂をいただきます。
さて、伝説では旧暦の10月10日の夜になると、全国から八百万の神々が海を渡ってこの浜へ上陸されると云われてます。
今でも「神迎祭」の神事が斎行されています。
神々は浜から出雲大社へと向かわれ、男女の良縁やら人々の出会いやビジネスの人間関係など、世の中のあらゆる縁について話し合われるのだとか。
出雲大社本殿の奥に、素鵞社がひっそりと立っています。
先ほど述べた、ヤマタの大蛇の神話の主人公であり、大国主大神の父神さま「素戔嗚尊」を祀っている御社です。
素鵞社を裏手に廻ると、社の床の縁下に砂の入った箱があります。
「お砂持ち」と言って、先ほど稲佐の浜で集めた砂と、この社の清めの御砂と交換することができます。
御砂は御守にしたり、自宅に撒けばお清めができるという言い伝えです。

屋根も尊いお守りに

出雲大社では60年に1度の遷宮があります。 遷宮とは、社殿を新しく造り替えたり修復を行うことです。 最近では、2013年に御修造(修理)が行われました。 屋根には、71万枚もの檜皮(ヒノキの皮)が葺き替えられる大事業だったそうです。 その檜皮の古材もお守りとなっています。 写真 御本殿大屋根檜皮古材のお守りと、素鵞社の御砂


