
「仙台笹紋」は、記事の途中で詳しく解説しています。
こちらから、先に読むこともできます。
目次
瑞鳳殿
杜の都の瑞鳳殿

杜の都…。
その名の通り、緑濃い杉の木立に護られている石段。
段数の62※は、伊達家の62万石の石高に因んでいるとか。
上りきると、黒と赤の厳かな門が現れます。
※ 現在は、63段になっています
門をくぐれば、息を呑むほど鮮やかな瑞鳳殿に驚きます。
伊達政宗公が今も地下に眠る霊廟です。
「独眼竜政宗」「伊達男」 —— 異名を持つ政宗公の生き様や、お洒落なセンスが偲ばれる御霊屋です。

不思議な縁

政宗公は亡くなる1ヶ月前、ホトトギスの初音を聞きたいと幾つもの山を巡りました。
経ヶ峯に着くと、何か感ずるものがあったのでしょうか。
「ここに葬るように」と言い残しました。
そこは、仙台城が聳える青葉山を一望できる場所でした。
亡くなった後、遺命に従い瑞鳳殿を造築するために、政宗公が命じた場所あたりを掘ると、石室が見つかり、中から僧侶が使用する袈裟や数珠や経典などが発見されました
絵 伊達政宗像 土佐光貞 筆 出典:Wikimedia commons
政宗公が生まれた時の逸話があります。
母君、義姫は なかなか子宝に恵まれませんでした。
ある晩の義姫の夢の中でのこと。
枕元に立った老僧から、宿を貸してほしいと頼まれた義姫は「主人に聞いてから」と答えます。
目覚めて夢の話をすると、政宗公の父、輝宗は「これは縁起の良い夢。お貸しするように」と言いました。
次の夜、義姫は、夢の続きに再び現れた僧に「お貸しします」と答えると、僧は義姫のお腹の中に消えてしまったのです。
義姫は、その後すぐに政宗公を宿しました。


夢に出てきた老僧は「満海上人」という徳の高い僧でした。
そして、上人も隻眼(片目)だったため、政宗公は満海上人の生まれ変わりと云われました。
不思議なことに、霊廟を作る時に見つかった石室は満海上人の墓だったと、土地の古老が覚えていたそうです。
瑞鳳殿とは

江戸時代初期に建てられた瑞鳳殿は、桃山文化の流れを汲む建築物です。
豊臣秀吉、そして織田信長により天下統一がなされ、人々の生活は安定に向かいました。
大名、商人、彼らの活気が豪華で煌びやかな桃山文化を生んだと言われています。
当時の建物は、残念ながら太平洋戦争の空襲で焼失してしまいましたが、1979年に再建、2001年に改修され、ほぼ当時の面影のまま再現されました。
天女、鳳凰、雲文様が、生き生きと彫刻されています。
瑞鳳殿で目を引くのは、色とりどりの組物(斗栱)。
前後左右に木を組み重ね、軒を支えています。
石から作られた青と緑、錆から作られた赤、貝殻から作られた白、漆の黒 —— 瑞鳳殿の彩色は、全て天然の顔料が使われています。
極彩色は極楽浄土を表しているのだとか。


瑞鳳殿の壁には、「向蝶文様」が描かれています。
蝶は、あおむし から蛹に。
蛹は食べず動かず、中身は液体だとか。
死んでいるような蛹から美しい蝶へと変わる姿が、不死、再生の象徴となり、蝶の文様は武士に愛されました。
伊達家の家紋

瑞鳳殿の扉で金色に輝く飾りは、家紋の「竹に雀紋」と「九曜紋」。
伊達家の家紋は八つありました。
その中から、政宗公が当主の時によく使われていた特徴的なものを四つ解説します。
仙台笹紋

絵 安藤広重 画 出典:国立国会図書館デジタルコレクション
竹と雀は、好まれた取り合わせでした。
竹と雀を描いた絵画が、たくさん残されています。
また民話『舌きり雀』でも、竹藪の中に雀の家があるシーンが出てきます。
そして、家紋「竹に雀紋」は、武家にとっての憧れでした。
中でも、伊達家の家紋は特に有名、「仙台笹」と呼ばれています。
平安時代末期に平頼盛(平清盛の異母弟)の一門が使ったのが始まりと言われています。

平家が滅んだあと、この文様は公家の勧修寺家に受け継がれ、3羽の雀を描いた「勧修寺笹」となりました。
やがて、勧修寺家の流れをくむ武家の上杉家に伝わると、公家に遠慮して雀が2羽の「上杉笹」に変わります。
そして戦国時代、婚姻をきっかけに上杉家から伊達家へ贈られました。
伊達家の「竹に雀紋」は、特別に「仙台笹」と呼ばれるようになりました。
仙台笹紋

竹と雀の組み合わせは、取り合わせの良いことの例えになるほど、相性が良い、縁起が良いと好まれてきました。
スクスクと伸びる竹は「繁栄」を意味します。
雀は、つがいで仲良く子育てをすることから「子孫繁栄」、秋に稲穂に集まる姿から「豊作」を意味します。
竹と雀、共に「繁栄」の強い願いが込められました。
葉に描いてある白い丸は、朝露を表しています。
九曜紋
家紋とは、その家の格や歴史を表す大切な印で、簡単には手に入らない文様でした。
「九曜紋」は、政宗公が細川忠興に無理を言って譲り受けたという逸話が残されています。
九曜紋

太陽や月や星など、宇宙もシンプルで美しい文様や家紋となっています。
文様では星を●で描き、「曜」と呼びます。
●が7つあれば「七曜紋」、9つあれば「九曜紋」。
九曜紋の真ん中の大きい星は太陽、周りの八つの星は太陽系を巡る惑星を表します。
共に加護の願いが込められています。
三引両紋
三引両紋

「丸に竪三引両紋」は初代当主、伊達朝宗が奥州攻めに従軍した際に、源頼朝より褒美として賜った家紋です。
「引両」とは直線を使った紋のことで、縦線や横線が家紋として使われます。
太い線は屈強さを表し、龍を表現しているとも言われています。
武士に好まれた家紋です。
雪薄紋
雪薄紋

雪の結晶をかたどった輪の中に、ススキが描かれた美しくお洒落な家紋です。
ススキと共に描かれている小さな丸は、降り積もる雪にも見えますが、露だそうです。
この紋は、伊達家の女性たちが使っていました。
雪は天からの手紙、豊作の兆しと考えられ、五穀豊穣の願いが込められました。
薄の穂には神様が宿ると言われ、魔除けの力があると考えられています。

