
「唐草文様」は、記事の途中で詳しく解説しています。
こちらから、先に読むこともできます。
目次
正倉院宝物
宝物は悲しみから
今はもう、夫は遠い世へと旅立ってしまった。
彼が慈しみ大切にしていた物の数々。
それらを見るたびに、過ぎ去った日々を思い出し、私の心は崩れ 打ち砕かれてしまう。
光明皇后

光明皇后の切なく深い悲しみが、世界に誇る素晴らしい正倉院宝物の始まりでした。
光明皇后は、
「遺品の数々を御仏に捧げ、その功徳によって帝が往生されることを心より願います」
と、聖武天皇の宝物を奉献されたのでした。
※ 絵 左 聖武天皇像 出典:JAPAN SEARCH
右 光明皇后像 出典:Wikimedia commons
前述の文は、光明皇后が献納した宝物の目録『国家珍宝帳』序文に書かれていたことを意訳しました。 原文は、以下のとおりです。
皆これ、先帝翫弄の珍、内司供擬のもの、疇昔を追感し、目にふれるに崩摧す。
つつしんで以て盧舎那仏に奉献す。
伏して願わくは、この善因をもって、冥助に奉資し、早く十聖に遊び、あまねく三途をわたり、しかる後、花蔵の宮に鳴響し、涅槃の岸に住蹕されんことを。
赤字の部分を意訳
東大寺の大仏様

奈良時代の中期、世の中は地震や度重なる疫病(天然痘)の流行や、内乱が続き、人々は動揺し憂いの中で生活していました。
そこで、743年、聖武天皇は大仏さまの造立を命じました。
—— 仏様の威光とお力により、永遠の幸せを願い、生きとし生けるもの全てが栄えることを望む。よって、大仏の造立の大願を発する ——
天皇は、仏教に救いを求めたのです。
しかし、天皇は民の奉仕を強制することなく、自らの意思による協力を求めました。
誠欲頼三宝之威霊、乾坤相泰。
修万代之福業、動植咸栄。
粤以天平十五年歳次癸未十月十五日。
発菩薩大願、奉造盧舍那仏金銅像一躯。(中略)
但恐徒有労人、無能感聖。
或生誹謗、反墮罪辜。
是故、預知識者。
懇発至誠。各招介福。
宜毎日三拝盧舍那仏。
自当存念各造盧舍那仏也。
大仏造立の詔 『続日本紀』

大仏様は752年に完成。
正式名称は「盧舎那仏」、約15メートルもの高さがあります。
2度の火災に遭い、部分的な修復はありましたが、当時のお姿を今でも見ることができる国宝です。
大仏完成から4年後、聖武天皇が崩御されました。
妃の光明皇后は嘆き、天皇の七七忌(四十九日)に成仏を祈り、天皇が愛用した調度品や楽器などの宝物を捧げたのでした。
正倉院 1200年も守られた秘宝

国宝の正倉院は東大寺の境内に建っています。
時にして1300年。その数 9000点。
正倉院の中で、宝物は厳かに守られてきました。
こんなにも多くの古代の宝が、これほど美しいまま残されているのは世界でも稀だとされています。
宝物は、災害・人災・湿度・経年、多くの災を逃れてきました。
その秘訣は主に4つあります。
① 木は呼吸する

世界の遺物のほとんどは土の中から発掘された物(出土品)のため、土の中の水分量や酸性度の影響を受けますが、正倉院宝物は蔵の中で大切に守られてきたため(伝世品)、とても保存状態が良いのです。
高床式の蔵は、地面から床まで3mもの高さで建っています。
蔵に使われている木材は檜、宝物を納めている箱(古櫃)は檜あるいは杉です。
木材の二重の調湿作用により、宝物は守られてきました。
古櫃の写真は、正倉院のHPのこちらから見ることができます。
② 勅封制度

正倉院は勅封、つまり蔵を開けるためには天皇の許可が必要でした。
この制度により宝物は厳重に守られてきました。
正倉院は、北倉・中倉・南倉と三つの部屋(倉)に分けられています。
北倉には光明皇后が献納した宝物が納められ、その頃から勅封で守られてきました。
明治時代からは、中倉と南倉も勅封となりました。
③ 僧たちの機転

足利義政、織田信長をはじめ権力者たちは宝物に興味を持ち、欲しました。
正倉院を守る僧たちは「蘭奢待」という とても貴重な香木(良い香りを放つ樹木)を犠牲とし、一部を切り取って贈ることで、他の宝物を守り続けました。
④ 奇跡

1180年、平氏が奈良の寺院との抗争で火を放ち、東大寺の大仏殿が焼失してしまいましたが、正倉院は難を逃れました。
1254年、雷が正倉院を直撃、火は蔵の中に入り壁が焦げてしまいましたが、この時も奇跡的に宝物は無事でした。
多くの災いを逃れたと言っても、盗難という被害には何度か遭いました。
鏡は割られて、売られたこともあります。
現在、宝物は宮内庁所管となり、鉄骨鉄筋コンクリートの宝庫に移し、最先端の科学を用いて保存や修復の研究がされています。
宝物が作られた国は、ペルシャ? 唐?

正倉院の宝物の多くは、遠くペルシャからシルクロードを通って運ばれたり、唐や朝鮮半島で造られたものが運ばれたと思われていました。
ところが、原料の科学的分析など最新の研究により、9割もの宝物が日本で造られていたことが分かりました。
※ 地図 出典: 『Transasia trade routes 1stC CE gr2.png』TwooOneTwo作(一部改変) / CC BY-SA 3.0
そこには政治的な意図があったと考えられています
聖武天皇の治世、まだ天皇の権力は盤石ではありませんでした。
天皇はお考えになりました。
「憧れの国、唐で造られた品と遜色のない宝物を作って臣下に授けることにより、天皇の権威を高めよう」と。
写真 平城京跡 第一次大極殿


そこで、内匠寮という役所を設置しました。
木・金属・紙など、素材ごとに部署を分け、それぞれに専門の職人を置き、工房を連携させたのです。
職人たちは海外の宝物を真似て造り、技を磨きました。
写真 平城宮跡 推定宮内省
唐草文様
正倉院宝物は、唐草文様の競演。
種々様々な美しい唐草を楽しむことができます。
どこまでも続く「唐草文様」
唐草文様

唐草文様とは、曲線の蔓で花や葉を繋いでいく文様のこと。
(絵の緑色の部分が唐草文様です)
植物の蔓は生命力が強く どこまでも伸びていくので、「永遠の繁栄」の願いが込められています。
この文様は古代メソポタミアを起源にシルクロードを通って唐へ、そして唐から日本へと伝えられた、とても歴史の長い文様です。
日本には飛鳥時代に仏教を介して伝わリ、奈良時代に「正倉院文様」として花開きました。
その後、平安時代になると桜・菊・松・桐など様々なモチーフと組み合わせて、日本独自の繊細で美しい文様となりました。
銀平脱八稜形鏡箱

鏡を納めた箱です。
名前の「平脱」とは技法のことです。
漆を塗った下地に、文様の形に切り抜いた銀の板を貼ります。
さらに漆を塗り、固まったら、銀の部分の漆の膜を取リます。
この手法によって、黒く深く光る地に銀の文様が明るく光を放つのことができるのです。

中央に唐花と唐草文様。 外側には孔雀が8羽描かれて、その周りを唐花文様が囲んでいます。 絵の緑色の部分が唐草文様です。 緻密な図柄を組み合わせた絢爛な文様です。
密陀絵皮箱

この箱は皮の上に布を貼り、その上に漆を塗って作られました。
そして、銀泥で繊細な唐草文様が描かれ、仕上げに密陀油が塗られています。
密陀油とは、密陀僧と呼ばれる一酸化鉛にエゴマ油を混ぜて煮詰めたものです。
光沢を出すために使われました。
密陀油を塗って描いた絵を「密陀絵」と呼びます。
少し赤みがかっているのは、密陀油の化学反応です。
唐草文様のぬり絵ができます。こちらからお楽しみください。
宝相華文様
螺鈿紫檀五弦琵琶

この楽器は「琵琶」。
正倉院の中でも特に有名な宝物です。
多くの琵琶は4本の弦ですが、これは珍しい5本の弦です。
唐で製作されました。
古代の5本弦の琵琶が残っているのは、この楽器だけ。
とても貴重な宝物です。
弦の下には細かな傷があり、聖武天皇が愛用し演奏していたと推測されています。
※ 画像 「模造螺鈿紫檀五弦琵琶」正面 出典: 東京国立博物館所蔵ColBase / CC BY 4.0

楽器の名前の「紫檀」は、材料の木材のこと、「螺鈿」の「螺」は巻貝、「鈿」は飾るを表します。
夜光貝の貝がらを薄く剥がして木に貼り、花びらや葉の白い部分、600以上ものパーツとして使われています。
今でも保たれている、光を反射し虹色に輝く美しさは格別です。
花や葉の中心の赤い部分はタイマイ(亀の甲羅)が使われました。
透明な甲羅の裏に絵の具で模様を描いてから貼り付ける「伏彩色」という技法で、複雑な趣を添えています。
※ 画像 「模造螺鈿紫檀五弦琵琶」背面 出典: 東京国立博物館所蔵ColBase / CC BY 4.0
宝相華文様
宝相華文様

華やかな絵柄は「宝相華文様」。
仏教が由来の文様です。
宝相華は、極楽浄土に咲くという空想の花。
美と善の完全な姿の花をイメージして描かれているのだとか。
唐草文様とセットで描かれる文様です。
宝相華文様は、下の記事で詳しくお読みいただけます。
咋鳥文様
金銀平脱八角鏡

裏面に豪華な装飾がされている鏡です。
中心部は唐草文様と宝相華文様。
その周りをリボンのようなものを咥えた鳥たちと蝶が飛んでいます。
外側には、鳳凰と花と草が描かれています。
鳥たちは皆、時計周りに飛んでいて、動きのある文様です。
咋鳥文様
咋鳥文様

鳥が何かを咥えている文様を「咋鳥文様」と呼びます。
画像は、金銀平脱八角鏡の一部を拡大しました。
画像の左、鳳凰が咥えているのは花。
右、鶴が咥えているのは綬帯。
綬帯とは官職を表す帯の様な物で、唐での権力の象徴でした。
鳥が花や帯や松の葉などを咥える文様は、吉祥を表すとされています。
「ノアの方舟」から発祥した文様とは、驚きです。
詳しくは、下記をお読みください。
紫檀木画槽琵琶

「紫檀木画槽琵琶」の背面の文様です。
花を咥える鴛鴦です。
尾は植物で描かれ華やかに、愛くるしい顔、魅力的な文様です。
この文様のぬり絵ができます。こちらからお楽しみください。




