
「アイヌ文様」は、記事の最後に解説しています。
こちらから、先に読むこともできます。
目次
北海道・函館
函館の街並み

世界三大夜景…
ナポリ、香港、そして函館。
函館山から臨む夜景は、海に挟まれて扇形に広がります。
灯りは、オレンジから遠くへ白へと優しく色変わり。
街には、函館山を背に、海へ向かって19本もの坂が並んでいます。
石畳、街路樹、本州より遅ればせに咲く花々—— 坂ごとに異なる趣があります。
その中の一つ、「基坂」を下った先にあるのが「函館市北方民族資料館」です。

アイヌ文化に触れて

函館市北方民族資料館では、アイヌ民族をはじめとする北方民族の貴重な資料が展示されています。
アイヌ民族の暮らしや文化、自然と共に生きる独特の思想に触れることができます。
展示されている衣装の数々は、国の重要有形民族文化財に指定されています。
アイヌ民族の文化
「アイヌ」とは、どんな意味 ?

“アイヌ”とは、アイヌ語で“人間”を意味します。
アイヌの人々は一説によると、1万年以上も前から、日本列島北部で暮らしてきました。
川のほとりに住み、狩猟・漁・植物の採集により生活を営んでいました。
主食は鮭。
身は干して保存食にし、骨や内臓も工夫して食べ、皮は靴に加工するなど、余すところなく使いました。
それは、命を与えてくれる鮭への感謝の表れでもありました。
アイヌの独特の文化やアイデンティティが形作られたのは、鎌倉時代の頃です。
厳しい冬、飢えへの恐怖。
彼らは、自然や動植物、道具、そして病にさえ魂が宿ると考えていました。

映画「ゴールデンカムイ」

人間には抗いきれない全てのものを、アイヌ語でカムイ=神と呼び、敬ってきました。
映画「ゴールデンカムイ 」でも、少女「アシㇼパ」が感謝をするシーンが何度も登場します。
そして、アシㇼパは必要な分しか植物を採りません。
アイヌの人々が乱獲をしないのは、人間も動物もこの世の恵みを分け合う対等な存在と思っていたからです。
印象的なアシㇼパの衣装には、伝統的なアイヌ文様が縫い込まれています。
もともとアイヌ独特の文様は、食器などの道具となる木や角に、男たちによって小刀で彫られていました。
江戸時代の後半、和人(本州に住む日本人)との交易が盛んになると、鮭との交換で大量の綿布が手に入り易くなりました。
これをきっかけに、女性たちが衣装にアイヌ文様を縫い始めたのです。
写真 函館市北方民族資料館の展示より

「アシㇼパ」のはちまき(マタンプシ)には、素敵なアイヌ文様の刺繍があります。
この文様のぬり絵を無料で楽しめます。
こちらから、下絵をダウンロードしてください。
アイヌ文様
アイヌ文様とは
アイヌ文様

アイヌの人々は文字を持ちません。
伝統は歌や口承によって継承され、文様には祈りが込められました。
アイヌ文様は、病や災難から身を守るための魔除け・おまじないです。
悪いものは外から人の中に入ってくる——。
襟・袖・裾などの侵入口に文様を施せば、禍を塞ぐことができる !
大切な家族を守るため、女性たちが衣装に縫い付けた文様は、まさに「祈りの盾」だったのです。
写真 函館市北方民族資料館に展示されている衣装
アイヌ文様と日本の伝統文様|同じところ 違うところ
アイヌ文様と日本の伝統文様。
どちらも幸せを願う文様文化ですが、その願いの表し方には大きな違いがあります。
アイヌ文様と日本の伝統文様
| アイヌ文様 | 日本の伝統文様 | ||
|---|---|---|---|
| 相違点 | 印象 | 守りの力強さ | 静かな美しさ |
| 目的 | 魔除け・悪いものを防ぐ | 招福・良いものを引き寄せる | |
| 空間 | 隙間なく | 余白を大切に、空間を生かす | |
| 線 | 曲線や尖った線を激しく描く | 繊細で整った線、左右か上下の対称が多い | |
| 自然に対して | 自然の力を畏れ、守りを求める | 自然の美しさや恵みを愛でる | |
| 共通点 | 幸せを願う・単なる飾りではなく意味を持つ・伝統として継承 | ||
それぞれのアイヌ文様
それぞれのアイヌ文様

アイヌ文様はモチーフを組み合わせて作られます。
基本は「アイウシ(棘)」と「モレウ(曲線)」。
いくつかのモチーフを繰り返すことで、隙間なく広がっていくのです。
この画像をそれぞれの文様で色分けしたのが、下の画像です。

| 色 | 名 前 | 意 味 |
|---|---|---|
| アイウシ | トゲのある | |
| モレウ | 緩やかに曲がる | |
| ウレンモレウ | 互いに曲がる | |
| シッケウヌモレウ | 角ばり曲がる | |
| シク | 目 | |
| アパポビラスケ | 咲いている花 | |
| エトコ | 先端 |
消えかけたアイヌ文様

江戸時代、和人(本州に住む日本人)との交易を通じて、独自の豊かな生活や文化を営んでいたアイヌの人々でしたが、明治に入ると大きな試練が訪れます。
政府による「同化政策」。
それは、アイヌの人々を強制的に日本人に同化させる法律でした。
生活の糧であった鮭漁は禁止され、土地を奪われ、更にはアイヌ独自の文化である「アイヌ語」や「アイヌ文様」の使用も制限され、失われる危機にさらされました。
文字を持たない人々にとって、言葉と文様を奪われることは、アイヌという民族の文化を失うことに等しかったのです。
そして、100年以上も歳月を経た2019年、「アイヌ施策推進法(アイヌ新法)」により、ようやくアイヌの人々は日本の先住民族として、文化を未来へ伝えていく道が開かれたのです。

