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菊の花には、別名がたくさん
華やかに 香り高く咲く菊は、数ある花の中でも特別。
桜と共に、日本を象徴する花です。
そして、特別な力を持つと言い伝えられ、別名も沢山つけられました。
「日精」「星見草」

「日精」と言う名前は、太陽が光を放っている様に花びらを咲かせていることから。
「星見草」の呼び名の由来は『古今集』の和歌から。
久方の 雲の上にて 見る菊は 天つ星とぞ あやまたれける
宮中(雲の上)で見る菊は美しくて、天の星かと見間違えてしまいました。
古今集 巻5・269番 より
平安時代の初期の頃、まだ菊は珍しく、高貴な人たちしか見ることができませんでした。
「千代見草」「齢草」

中国では昔から、菊には不老不死の力があると考えられてきました。
菊の節句(重陽の節句)、九月九日に菊の花を浮かべたお酒を飲み、長寿を願う風流な習わしがあります。
そこから付けられた名前が「千代見草」「齢草」です。
仙花

菊は仙人の住むところに咲くという言い伝えから「仙花」。
菊が日本に伝わり始めたのは、花の観賞ではなく薬草としてでした。
菊には抗菌効果があり、現代でも漢方薬に使われています。
一方で、仏花としても よく見かけます。
邪気を払う力があると考えられているからでしょうか。
菊の花の特別な力「不老不死」の願いを託して、様々に形を変えた文様が生まれました。
「菊水」伝説が文様に
中国には、菊と水にまつわる不思議な伝説が2つあります。
菊慈童伝説
山の庵に少年が住んでいました。
その名は慈童。
少年と言っても歳は なんと700歳、しかし見た目は少年です。
慈童は子供のころ宮廷に仕えていましたが、皇帝の枕を跨いでしまった罪で、山奥に流されます。
慈童を可愛がっていた皇帝は悲しみ、お別れの時に偈(仏教の経典の言葉)が2つ入った枕を与えました。
戴いた2つの偈を心に刻むため、慈童は菊の葉に書き写しました。
すると、菊の葉から露が滴りました。
それを飲んだ慈童は、いつまでも少年の姿のまま生き続けました。
菊水伝説
むかし、黄河の源流に菊の群生地がありました。
菊の雫が次々と川に滴り落ち、その川の水を飲んだ人々は長生きをしました。
菊水文様

菊水文様は、伝説から生まれた、延命長寿の縁起のいい文様です。
水には穢れを祓う力があり、菊には邪気を払う力があるとされています。
文様には、「不老長寿」に加えて「清める」という願いも込められました。
「菊水文様」には「流れ菊」や「菊の遣り水」という洒落た別名もあります。
「裏菊」 菊の裏も文様に

菊の裏側まで、文様となりました。
花の表側をデザインしたのが「表菊文様」。
花の裏側を逆さにして、あるいは横にしてデザインしたのが「裏菊文様」。
見分け方は、萼や枝がなければ表菊、あれば裏菊です。
「菊の御紋」
「十六葉八重表菊」

写真 菊の御紋が飾られたボンボニエール 出典:Gahukuro/Wikimedia commons CC BY-SA 4.0 を元に加工
たくさんの菊の文様の中でも、とりわけ有名なのは「菊の御紋」。
正式な名称は、「十六葉八重表菊」と呼びます。
皇室の御紋章として特別な文様です。
「十六葉八重表菊」

「十六葉八重表菊」 —— 漢字が重々しく羅列する名前ですが、花の様子を表しています。
「十六葉」は、16枚の花びら、「八重」は花びらが一重ではなく二重以上、「表」は、花の表側。
最も高貴な文様の一つといえます。
政治に一役買った文様

絵 後鳥羽天皇像 出典:ColBase
皇室が菊の文様を使うようになったのは、鎌倉時代、後鳥羽上皇が始まりです。
後鳥羽上皇は菊が大好きで、牛車や服や調度品に菊の文様を描かせていました。
臣下たちは、上皇と同じ菊の文様を使用するのは恐れ多いと控えたのだとか。
しかし、後鳥羽上皇は承久の乱で敗れて失脚、後鳥羽上皇の孫が紆余曲折を経て後を継ぎ「後嵯峨天皇」となります。
後嵯峨天皇の後見人、土御門定通は「高才博覧の人」と称されるほどの知力に長けた人。
文様を使った政策を提案します。
それは、後鳥羽上皇が愛用した菊の文様を、後嵯峨天皇が再び使うこと。
かつて臣下たちが恐れ多いと使用を控えた文様です。
文様は、微妙な立場にいた後嵯峨天皇の正統性を示し、かつ揺るぎないものとする役割を果たしました。
菊の文様は後世の天皇に引き継がれ、皇室の紋章となったのです。
「菊唐草」 文様は永遠に

令和元年、御即位の儀式。
写真は、天皇陛下、皇后陛下がお立ちになられた高御座と御帳台です。
それぞれ、鳳凰・麒麟など美しい文様の数々で装飾さていました。

文様の中でも、気品高く輝いていたのが「菊唐草文様」です。
真ん中は「十六弁八重表菊」。
そのまわりは「唐草文様」で飾られています。
菊唐草文様

中心には菊の花、枝は蔓となり広がる「菊唐草文様」。
生命力のある蔓草はどこまでも伸びていくことから、唐草文様には永遠の繁栄という意味があります。
皇室、そして日本の国が とこしえに栄えるように…
そんな願いが託された 慶賀にふさわしい文様です。
「小菊丸」小さな菊でも壮大な文様
七五三にあたる着袴の儀で愛子さまが召された衣装は、赤い地に可愛らしい「小菊丸文様」でした。
宮内庁のHPにあるこちらで、衣装を着用された愛子さまの写真を見ることができます。
小菊丸文様

小菊丸のように「○○丸」と名付けられた文様があります。
植物や鳥など色々な題材を円形に描いたもののこと。
文様では、この「丸」の形にも意味があるのです。
丸い形は宇宙を表し、物事全てを統べると考えられています。
円満・平和の願いが円の形に込められているのです。
たとえ人々が、菊の願いの様に「不老不死」であっても、世の中が平和でなければ意味がありません。
「小菊丸文様」には、平和な世界で元気に暮らしたいという究極の願いが込められているのです。
「八葉菊」 宇宙を表す文様

写真 首相官邸 出典:CC BY 3.0 / トリミング
御即位の儀式に臨まれた女性の皇族の方々が、「窠中八葉菊」の白い文様が織られた、赤い表着(十二単衣の一つ)をお召しになられていました。
「窠」とは、弧を連続して描きながら円の形にした文様です。
輪切りにした瓜の形に似ているため「木瓜文」とも呼ばれます。
詳しくは下記をお読みください。
八葉菊

中心の大きな花の周りに、八つの小さな花が円を描いて並んでいます。
八つの花が葉のように囲んでいるから「八葉菊」…ではありません。
文様の「葉」の言葉は「星」を意味します。
菊は「日精」とも呼ばれていました。
丸い形は宇宙を表します。
中心にある大きな菊は「太陽」。
そして、周りを一周する小さな8つの花は「星」。
宇宙を表す壮大な文様です。
「浮線綾菊」 シルクロードを旅してきた花文様
浮線菊文様
浮線菊文様

「浮線菊文様」とは、円を八分割にして、その中へ図柄を対称に並べた文様のことです。
絵の文様は「閑院宮家」の紋です。
表菊と裏菊が組み合わせた浮線菊文様となっています。
この文様のルーツは「団華文様」と考えられています。
「団華文様」
団華文様

「団華文様」とは、小さな花々を丸く放射状に広がるよう描いた文様です。
はるか昔、シルクロードから唐へ、そして日本に伝わってきました。
正倉院宝物に多く見られる文様です。
「見立て文様」 菊が鶴に変身⁉︎ 蝶に変身⁉︎
見立て文様

あるモチーフを別のモチーフになぞらえた文様を「見立て文様」と呼びます。
菊の花びらを鶴の羽に、萼を胴に、枝を頭に見立てた「菊鶴文様」。
鶴は長寿を表します。
花びらを蝶の羽に、葉と萼を胴体に見立てた「菊蝶文様」。
「蝶」は美しさと再生を表します。
菊と合わせることで、おめでたさも、意味合いも二重の文様となりました。




