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藤原娍子
美しく 最も愛された妃、娍子

藤原娍子は三条天皇の妃、とても美人と評判でした。
娍子の父は高い位ではなく政治的には弱い立場でしたが、最も愛された妻で、長男“敦明親王”など6人の子供に恵まれました。
が、幸せは長く続きません。
三条天皇は、権力者、藤原道長に逆らえず、道長の娘“妍子”を中宮に迎えたのです。
孤独な皇后

三条天皇と道長との関係は、だんだん悪化していきます。
天皇は、道長の娘“藤原妍子”を中宮とする代わり、立場の弱い娍子を皇后とする駆け引きをしました。
敦明親王を東宮にするため、母である娍子に力を持たせようと考えたのです。
しかし、娍子の立后の儀には、僅か4人の公卿しか集まらず、寂しいお祝いの儀式でした。

三条天皇は在位5年も経たない時に、病に冒され視力・聴力を失い、譲位を迫られます。
天皇は長男“敦明親王”を東宮にすることと引き換えに、道長の孫“後一条天皇”に譲位しました。
まもなくして、三条天皇は亡くなってしまいます。
子を思う娍子の心、穏やかならず

長男“敦明親王”は、自分に後見者がいないことを憂い、東宮(皇太子)の座を降りてしまいました。
娍子は、三条天皇の御継が途絶えてしまったことを嘆きます。
敦明親王は特別に上皇扱いとなり、政治の世界での重鎮となりました。
娍子は53歳で病により生涯を終えますが、そのお葬式も四十九日の法要も盛大に行われたそうです。
皇后になる儀式、立后の儀は参列者が少なく淋しく行われたことを思いますと、しみじみと感じるものがあります
乱れ菊文様
大河ドラマ『光る君へ』での藤原娍子は、「乱れ菊文様」の衣装を着ていました。

菊文様といえば、皇室の「菊花紋章」が有名です。
吉祥のおめでたい文様です。
菊にまつわる有名な故事「菊水伝説」があります。
中国の長江という川の上流に菊が群生していました。
菊の花から落ちた露が川を流れ、その川の水を飲んだ村人たちはとても長生きをしたとか。
菊は「仙花」と呼ばれ、薬効があると言われています。
菊文様には延命長寿、無病息災、邪気払いの意味があります。
乱れ菊文様

菊には様々な文様がありますが、その一つが「乱れ菊」です。
細長い花びらが咲き乱れる図柄で華やかな文様です。
長寿・繁栄の願いが込められています。

娍子が皇后になる前、東宮妃だった時の衣装も菊文様でした。

