下り藤紋と菊くずし紋 築地本願寺の寺紋

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築地本願寺つきじほんがんじ

築地つきじで目を引く、異国情緒漂う建物は何?

築地には、ひときわ目を引く建物があります。
アーチの窓、石造りの柱—— 異国情緒ただよう建築は、アジアのどこかの国の大使館のようなたたずまい。

なんと、そこはれっきとした日本のお寺。
「築地本願寺」です。

築地本願寺は「浅草御坊あさくさごぼう」から始まった

江戸時代初期、本願寺は浅草の近くで、京都の西本願寺の直轄ちょっかつ寺院として創建されました。
宗派は浄土真宗、「浅草御坊あさくさごぼう」と呼ばれ慕われていました。

江戸城が焼失した大きな火事 “明暦めいれきの大火”により、このお寺も焼けてしまいます。

築地に移転 —— 「築地」の名の由来

お寺は、幕府から再建の代替地を与えられましたが、そこは海。
助けに手を挙げたのは、佃島つくだじまに住む漁民たちでした。

彼らは、元々は摂津せっつ(現在の大阪あたり)に住んでいました。
本能寺ほんのうじの変」の際、漁船で家康を助けたことが きっかけで、お礼として江戸に呼ばれ、漁業権を与えられたのです。
漁民達は隅田川河口の干潟ひがたを埋め立て、人工島“佃島”を造りました。

彼らは浄土真宗の門徒だったことから本願寺に協力し、代替地の埋め立てに成功、無事お寺は再建されました。
この様にして、新たにかれただから「築地」という名がついたそうです。
佃煮」もの漁民が保存食として海産物をたことから、その名がつけられました。

インドの建築様式の本堂

なぜ、お寺らしくない建物?

その後も本堂は何度か再建されましたが、大正時代、関東大震災による火災で またもや本願寺は焼失。
再建の際、設計をしたのは伊東忠太いとうちゅうた博士。
東京帝国大学(東大)の教授であり、建築史家です。
博士は「法隆寺が日本最古の寺院建築」であることを証明しました。
写真 法隆寺
伊東博士は日本建築のルーツを訪ねるため、中国・インド・トルコを旅します。
その時に奇跡の出会いがありました。
相手は、本願寺派の門主もんしゅ(宗派のトップ)だった“大谷光瑞おおたにこうずい”師。
大谷師は仏教伝来の道を明らかにするため、シルクロードを探検中でした。
2人は意気投合します。
この縁により 築地本願寺の設計を伊東忠太博士が任されました。
博士は、日本のお寺では珍しい、インドのガンダーラ様式のコンクリート造りで設計をしたのです。
仏教の発祥はっしょう地がインドだからでした。
国の重要文化財に指定されている本堂。
幅の広い階段を上ると、上では美しいステンドグラス、下ではアラベスク調のタイルが出迎えてくれます。

ステンドグラスには、薄紅色のはすの花が描かれています。
床のタイルは、築地本願寺の寺紋である「菊くずし紋」の中にアラベスク模様が描かれています。
「菊くずし紋」については、後で詳しく説明しています
本堂の中も、きらびやかに豪華な造りになっています。
・5万枚も使われている金箔
・「菊くずし紋」の形に作られた照明
・パイプオルガン

有難ありがたい18品の朝ごはん

境内けいだいにあるカフェでは、18品もある朝食を頂くことが出来ます。

築地本願寺の御本尊ごほんぞん阿弥陀あみださま」は全ての生き物を救うため、48の請願せいがん(ちかい)をたてられました。
中心となるのが、第18願の「貴方を決して見捨てない」。
これにちなみ、仏様の願いを味わうようにと「18品の朝ごはん」が考えられたそうです。

お寺の料理ですが精進しょうじん料理というわけではなく、合鴨あいがもたこ・イクラなど朝から豪華な食を楽しめます。
佃煮や漬物など築地名店の品も味わえて、築地での買い物のリストに加えることができました。

築地本願寺の寺紋 「下り藤」と「菊くずし」

文様もんよう」と「紋様もんよう」の違い

「文様」とは…
植物や動物、幾何学などの模様のパターンが、長い時代受け継がれ伝統となったものです。
健康や魔除けなど、人々の願いや祈りが込められています

「紋様」とは…
紋様とは、家、お寺、神社など特定の集団を象徴する「紋章もんしょう」としての役割を持つ文様です。
そこには、その集団の歩んできた由緒や未来への希望などが込められています。

寺紋の「もん」の字は、文様の「もん」の字ではないの?

文様と紋様の違い…お分かりになったでしょうか?
お寺の場合は「紋様」の方なので、「寺紋」となるのです。

さがり藤紋」について

さが藤紋」は京都西本願寺の寺紋です。
明治時代、門主(宗派のトップ)と九条家(公家の名門)の女性が結婚しました。
それが きっかけとなり、九条家の家紋の「下り藤」を寺紋として使うようになりました。
築地本願寺は西本願寺の直轄ちょっかつ寺院のため、同じ「下り藤」の寺紋を使っているのです。
さがり藤紋
淡い紫の花を次々と垂れ下げて、風が吹けば 香り優しく しなやかに揺れる藤。
藤文様は その名前から、平安時代に栄華を極めた藤原氏が好んで使っていました。
後に武家や公家が藤の紋を使うことで、自分たちのルーツは高貴な藤原氏であることを示そうとしたと言われています。
藤の読み仮名「ふじ」「不死」にちなみ、文様には長寿の意味があります。
藤の木はよく茂るため、富貴繁栄の意味もあります。
菊くずし紋
絵のような星形を「菊くずし紋」と呼びます。
高貴な文様として有名な「菊文様」を簡略化したのが「菊くずし紋」です。
絵の場合、角が8つあるので、正確には「八角菊くずし紋」という名前です。

菊文様の持つ「延命長寿」や「邪気払い」の意味合いが「菊くずし紋」にもあります。
菊くずし紋は本願寺独特の寺紋です。

絵は築地本願寺の本堂入り口の床のタイルの図案です。
外側の黒い星の形が「菊くずし紋」。
その中にアラベスク模様が描かれています。
築地本願寺には床のタイル以外にも、隠れ「菊くずし紋」がたくさん。
本堂の照明の形や、八角形のマンホールの蓋にも描かれています。

「菊くずし紋とアラベスク模様」のぬり絵の下図を、こちらからダウンロードできます。
エキゾチックな美しい文様に、自分好みの色を塗ってお楽しみください。

築地本願寺には「下り藤」「菊くずし」の寺紋以外にも、たくさんの文様があります。
訪れた際には、ぜひ、探してみてください。
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