鰻つなぎ文様|文様は うなぎの蒲焼

なんと鰻の蒲焼を文様のモチーフにした「鰻つなぎ文様」の描き下ろしイラスト
鰻つなぎ文様

「鰻つなぎ文様」は、記事の最後に解説しています。
こちらから、先に読むこともできます。

目次

大田南畝なんぽ

大田南畝なんぽは、どんな人?

大田南畝の肖像画 細田栄之 筆 出典:ウィキメディア・コモンズ
絵 大田南畝の肖像画 細田栄之 筆 出典:ウィキメディア・コモンズ

大田南畝なんぽは貧しい下級武士の家に生まれました。
母は武家としての誇りから、南畝に高い教養を身につけさせます。
才気煥発かんぱつな彼は優秀で、特に漢文に秀でていたそうです。
幕臣としてつかえながら、評判記戯作げさくを執筆し、才能を花開かせます。※ 色々な物事の評判をかいた書物
そして、狂歌に打ち込み、やがて狂歌ブームの立役者となっていきました。

今も続く南畝の名言

大田南畝(蜀山人)著『寝惚先生文集』「貧鈍行」出典:国立国会図書館デジタルコレクション
写真 大田南畝(蜀山人)著『寝惚先生文集』「貧鈍行」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

南畝 19歳のとき、狂詩と狂文を収めた『寐惚ねぼけ先生文集』を出版します。※ 滑稽な事柄を漢詩の形式で詠んだもの
その中に杜甫とほの漢詩『貧交行ひんこうこう』をパロディにした『貧鈍行ひんどんこう』があります。

ひんすれば鈍する 世をいかん
食うや食べはずの 吾が口過ぎ
君聞かずや 地獄の沙汰さたも金次第
かせぐにおいつく 貧乏ひまなし

今でもよく使われる これらのことわざ
わずか19歳で詠んだことに驚きます。

狂歌きょうかとは

狂歌とは何?

四方赤良の狂歌(右端) 『潮干のつと』蔦屋重三郎 刊 喜多川歌麿 画 出典:国立国会図書館デジタルコレクション
絵 四方赤良の狂歌(右端) 『潮干のつと』蔦屋重三郎 刊 喜多川歌麿 画 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

狂歌きょうかとは、5・7・5・7・7の短歌の形式に、滑稽こっけいなことや、世の中の風刺ふうしを詠み込んだ歌のことです。
江戸時代の天明てんめい期にブームとなりました。
絵 大田南畝 肖像画 栗原信充 画『肖像集2』出典:国立国会図書館デジタルコレクション

天明の狂歌の特徴は主に2つ。
① 狂歌師たちは、大名から下級武士、そして町民まで身分を超越して、一緒に楽しみました
② 一見、馬鹿なことばかり歌にしている印象ですが、その根底には古今和歌集など古典の知識があり、それを もじって笑いを引き出しています
狂歌を詠むには、高い教養と それを洒落しゃれに転じるウィットが必要でした。
大田南畝 肖像画 栗原信充 画『肖像集2』出典:国立国会図書館デジタルコレクション

面白い“狂名”の一覧

狂歌を詠む時の名前(雅号がごう)を狂名きょうめいと言います。
歌の内容は勿論もちろんのこと、面白くつけられた狂名が たくさんあります。
“べらぼう”に出てくる狂歌師の中から紹介しましょう。
スクロールできます

うなぎつなぎ文様

大河ドラマ『べらぼう』の中で、大田南畝が着ていた衣装の文様は、うなぎつなぎ文様。
彼の有名な狂歌によって選んだ文様でしょうか。
あなうなぎ いづくの山の いもとせを
さかれてのちに 身をこがすとは     
訳はこちら
うなぎつなぎ文様
山東京伝の著書に見立小紋みたてこもん集があります。

小紋とは、小さな同じ模様を繰り返し配置している文様のことです。

見立小紋は、面白い物を小紋にしてしまおうという、京伝らしいいきで楽しい試みです。
左 山東京伝著『小紋雅話』表紙 出典:ウィキメディア 右 鰻つなぎの解説部分 出典:国立国会図書館デジタルコレクション
絵 左 山東京伝著『小紋雅話』表紙 出典:ウィキメディア / 右 鰻つなぎの解説部分 『古代模様 小紋雅話』出典:国立国会図書館デジタルコレクション

見立小紋集の1つ『小紋雅話こもんがわ』の中に「うなぎつなぎ」の文様が載っています。
恨みつらみの地口じぐちのようだ
※ 発音の似た言葉を入れ替えて楽しむ言葉遊び 
  「うなぎつなぎ」と「うらみつらみ」の音が似ている

腎虚じんきょした人 きれを ふんどし にして みょうなり
※ 良い
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