
目次
水天宮と平家滅亡
日本橋の水天宮

東京 日本橋の賑わいの一角に、ビルと紛う建物があります。
階段を上れば、広がる空 … そして、奥に鎮座する神殿。
水天宮です。
都会の喧騒の中、清々しくも凛として建っているお宮です。
水天宮は安産・子授けの神様として有名。
戌の日には安産祈願に多くの方がお参りをします。
本宮は福岡・久留米

水天宮の本宮は、福岡県久留米市にあります。
主な御祭神は
・天御中主大神
日本神話で最初に登場する、全ての始まりの神様
それゆえ、子授けや安産のご利益があるとされています
・安徳天皇
“平清盛”と“二位の尼”の孫
壇ノ浦の戦いにて平家滅亡の折、“二位の尼”に抱かれ入水
なぜ、壇ノ浦で亡くなった安徳天皇が久留米で祀られている?

按察使局“伊勢”は、安徳天皇の母(後の建礼門院)に仕える女官でした。
二位の尼は平家の負けを確信した際、帝である幼い孫の将来を憂います。
「波の下にも都がございます」と言い、安徳天皇を抱いて海に飛び込もうとしました。
共に入水しようしていた“伊勢”に、二位の尼は「其方は生き延びて、我らを弔っておくれ」と言いおいたのです。
“伊勢”は1人、筑紫まで逃げ延びました。
もう安全だと分かると、祠を建て、安徳天皇を祀ったのが水天宮の始まりと考えられています。
日本橋 水天宮の始まり

日本橋の水天宮の始まりは江戸時代でした。
久留米藩の藩主、有馬家が参勤交代のとき江戸でも参拝できる様にと、屋敷内に水天宮を祀りました。
水天宮は御利益高いと町人にも大人気。
塀の外からお賽銭を投げる人が多かったとか。
藩主は誰でも自由にお参りできる様にと屋敷の門を開けため、
「情けありまの水天宮」—— こんな歌が流行しました。
お守りは、腹帯

神社といえば、お賽銭箱の上に鈴があり、その鈴を振るために紐がついています。
江戸時代、有馬家の水天宮の鈴の紐は、サラシの布で作ったものでした。
ある妊婦さんはお参りに来た際に、お下がりとしてサラシの布をいただきました。
その布を腹帯として巻いたら とても安産。
当時の出産は命の危険を伴う大変なことで、安産は幸運な事だったのです。
それ以来、今でも水天宮のお守りは護符の入った小さな袋ではなく、サラシの腹帯を「御子守帯」として授与しているのです。
水天宮の神紋「椿紋」の由来はロマンティックな伝説
安徳天皇の恋物語と椿

史実によれば、安徳天皇は わずか8年の儚い命でした。
ところが、筑紫には こんな言い伝えが残っているのです。
安徳天皇は生き延びていました。
女官の“伊勢”が安徳天皇を守り、連れて筑紫まで辿り着きました。
やがて大きくなった安徳天皇は、豪族の美しい娘“玉江姫”に恋をします。
安徳天皇のお住まい千寿院には井戸があり、その周りに椿の花が咲き誇っていました。
安徳天皇は仰いました。
「椿は八千代を寿ぎ、井桁は契りを宿すとかや」
—— 椿の花はいつの世も美しく咲いて めでたく、井桁(井戸の枠)は縁を育てるそうだ——
安徳天皇と玉江姫は結ばれました。
この恋物語から、水天宮の神紋は「椿紋」となりました。
神社の神紋の由来が恋物語とは、なんと粋でロマンティックなことでしょう。
椿文様とは
椿文様

「椿」の字は「木」に「春」と書くように、春を告げる花が印象的な日本原産の木です。
樹齢が長く、葉は寒い冬でも艶々とした緑色なので、古代では最高の吉祥木とされていました。
災いや邪気を払う力があると考えられ、椿の木は神事やお寺の儀式などでも使われています。
椿をモチーフにした文様にも、厄除け・神仏加護・長寿の意味があります。
もう一つの神紋 三つ巴紋
三つ巴紋

日本橋の水天宮には、椿紋の他に“重ね紋”として「三つ巴紋」があります。
創建のきっかけとなった有馬家の家紋です。
三つ巴紋とは、勾玉のような形が3つ、渦を巻いているように配置された伝統的な文様です。
魔除けや火除けの意味があります。
日本橋 水天宮の他の見どころ

日本橋の水天宮は あまり広くない境内ですが、本殿以外にも子育てに関係した見どころが色々あります。
写真
左端 安産子育河童
子どもを抱くお母さん河童、肩と脚にも子河童
上中 子宝犬
子犬と、見守る母犬
上右 寳生辨財天
金運の女神、音楽・芸能など習い事のご利益あり
下中 玉を守る狛犬
下右 子を守る狛犬
あわせて読みたい


[無料プリント] 椿文様 ぬり絵に挑戦
安産・子育てのご利益があると云われる水天宮。御神紋は「椿」です。椿文様には、厄除け・神仏加護・長寿の意味があります。ぬり絵に自分好みの色を塗って、御利益にあずかってください。
